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おんしゅうのかなたに

恩讐の彼方に

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《恩讐の彼方に(おんしゅうのかなたに)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 22,824 字 · 46 頁

青空文庫

それは、出てくるというよりも、蟇のごとく這い出てきたという方が、適当であった。それは、人間というよりも、むしろ、人間の残骸というべきであった。肉ことごとく落ちて骨あらわれ、脚の関節以下はところどころただれて、長く正視するに堪えなかった。破れた法衣によって、僧形とは知れるものの、頭髪は長く伸びて皺だらけの額をおおっていた。老僧は、灰色をなした目をしばたたきながら、実之助を見上げて、

「老眼衰えはてまして、いずれの方ともわきまえかねまする」と、いった。

実之助の、極度にまで、張り詰めてきた心は、この老僧を一目見た刹那たじたじとなってしまっていた。彼は、心の底から憎悪を感じ得るような悪僧を欲していた。しかるに彼の前には、人間とも死骸ともつかぬ、半死の老僧が蹲っているのである。実之助は、失望し始めた自分の心を励まして、

「そのもとが、了海といわるるか」と、意気込んできいた。

「いかにも、さようでござります。してそのもとは」と、老僧は訝しげに実之助を見上げた。

「了海とやら、いかに僧形に身をやつすとも、よも忘れはいたすまい。汝、市九郎と呼ばれし若年の砌、主人中川三郎兵衛を打って立ち退いた覚えがあろう。