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おんしゅうのかなたに
恩讐の彼方に
菊池 寛
線上閱讀菊池 寛《恩讐の彼方に(おんしゅうのかなたに)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 22,824 字 · 46 頁
槌を振い始めたのである。
敵と敵とが、相並んで槌を下した。実之助は、本懐を達する日の一日でも早かれと、懸命に槌を振った。了海は実之助が出現してからは、一日も早く大願を成就して孝子の願いを叶えてやりたいと思ったのであろう。彼は、また更に精進の勇を振って、狂人のように岩壁を打ち砕いていた。
そのうちに、月が去り月が来た。実之助の心は、了海の大勇猛心に動かされて、彼自ら刳貫の大業に讐敵の怨みを忘れようとしがちであった。
石工共が、昼の疲れを休めている真夜中にも、敵と敵とは相並んで、黙々として槌を振っていた。
それは、了海が樋田の刳貫に第一の槌を下してから二十一年目、実之助が了海にめぐりあってから一年六カ月を経た、延享三年九月十日の夜であった。この夜も、石工どもはことごとく小屋に退いて、了海と実之助のみ、終日の疲労にめげず懸命に槌を振っていた。その夜九つに近き頃、了海が力を籠めて振り下した槌が、朽木を打つがごとくなんの手答えもなく力余って、槌を持った右の掌が岩に当ったので、彼は「あっ」と、思わず声を上げた。その時であった。了海の朦朧たる老眼にも、紛れなくその槌に破られたる小さき穴から、月の光に照らされたる山国川の姿が、ありありと映ったのである。