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ぎじゅつのてつがく

技術の哲学

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《技術の哲学(ぎじゅつのてつがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 84,443 字 · 164 頁

青空文庫

一体科学の理論が純粋でなければならないのは、丁度科学が客観性を持たねばならぬという規定と全く同じに、何も自然科学だけの特権ではあるまい。一切の科学が不純であってはならないのは当り前で、わざわざ之を「純粋」にするのに却って何かの不純な意企を蔵しているに外ならない(例えば「純粋経済学」とか「純正社会学」とかの如き)。で理論の純粋性という根拠から、自然科学特有のイデオロギー性の特色を掴み出そうという試みは必ず失敗する。

純粋に対するものは応用であり、夫は社会的応用、即ち又技術的応用のことであるが、考え方によってはこの技術的な・応用の・即ち又「不純」な要素こそが、却って自然科学の超イデオロギー性の本拠だということにもなる。実際、自然科学は技術的なものであるが故に、超イデオロギー的だと考えている人は多いだろう。だが之は技術という言葉の罠を知らない人のことだ。

技術は一方に於て熟練や手法を意味する。私は曾て之を主観的技術と呼んでおいた(「技術の問題」参照)。なる程こういう技法ならば、元来が部分的で断片的なものだから、自然科学というイデオロギーの全体に対して、部分としての比較的な自由を持っているから、全体としてのイデオロギーから比較的解放されているわけで、その限り一応超イデオロギー的なものに見えよう。