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うつりが
日本の文学 8 田山花袋 岩野泡鳴 近松秋江
近松 秋江
線上閱讀近松 秋江《日本の文学 8 田山花袋 岩野泡鳴 近松秋江(うつりが)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 152,306 字 · 300 頁
彼女と一緒にいるところのほかは自分の満足して住むべき世界はないような気がするのであった。
私は冷たい冬雨の降りそぼつ中をも厭わず、また田舎から京都に出て来た。そして今度は先にいた旅館には行かず、ずっと上京の方の、気の張らない、以前から馴染みのある家に往って滞泊することにした。そこは、先の下河原の方の意気な都雅な家とは打って変り、堅気一方の、陰気な宿で、そうなくてさえヒポコンドリイのように常に気の欝いでいる自分の症状に対してはますます好くないと思ったけれど、先だって田舎に往く前にちょっと女と自動電話で話した時にも、
「上京の方の気の張らん宿にお変りやしたら、私一ぺん寄せてもらいます」
と、女が言っていたので、女を宿に訪ねて来さしたいばっかりに、そこへ宿を定めたのであった。欲しい女が思うように自分の所有にならぬためにそんなに気が欝いでいるせいか、そのころ私はちょっとしたことにもすぐ感傷的になりやすくなっていた。田舎から出て来て宿に着いたその晩も、そうして京都に出て来てみると、しばらく滞留していた田舎のことなどが、胸に喰い入るように哀れに感じられたりして、私は、どうすることも出来ないような漂泊の悲哀と寂寞とに包まれながら、ようやくのことで、その宿で第一の夜を明かしたのであった。