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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
線上閱讀和辻 哲郎《日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 頁
なぜなら彼は仏祖に倣って慈悲を行なうのであって悪を審くのではないから。さらに言えば、彼にとって慈悲を行なうことは重大であるが悪を審くことは重大でないから。
かく道元の説く慈悲の前には、「悪は必ずしも呵嘖すべきものでない」。このことを証するものとして道元の次の言葉をあげることができる。あるとき故持明院の中納言入道が秘蔵の太刀を盗まれた。犯人は侍者であった。が、他の侍者がそれを摘発したときに、入道は「これはわが太刀にあらず」とて突っ返した。盗んだ侍者の恥辱を思うて返したのである。このために侍者は身を誤らず子孫も繁昌したという。俗人さえもこの心がある。出家人はもちろんでなくてはならない(随聞記第四)。これによって見ると、彼は窃盗を罪するより盗者の心を労わることを重しとするのである。
もとよりこれは「悪は是認すべきものである」という意味ではない。悪は仏祖の斥けたごとく斥くべきものである。しかし悪縁によって一時の悪に落ちたことのために、いかなる善にも向くべきその「本心」を斥けることは、慎むべきだとするのである。この「本心」のゆえに罪を責めようとしない道元の態度は、悪を恐れることを条件として一切の罪を「許される」