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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

線上閱讀和辻 哲郎《日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 頁

青空文庫

それほどに言葉の力が働いているとすれば、点描的な歌詞を使用することにも、何らかの根拠がなくてはならない。

自分はこの原因を探ってふと踊りとの関係に思い至った。点描的な歌詞は音楽のためよりもむしろ踊りのためではないだろうか。

たとえば『鷺娘』の、「せめて哀れと夕暮れにちらちら雪に濡れ鷺のしょんぼりとかあいらし」というような文句を、ただ唄で聞く場合と、唄につれて「しょんぼり」とたたずむ白い美女の姿を見ながら聞く場合とでは、その印象が著しく異なって来る。踊り手の姿や、その踊りの律動に結合すれば、断片的な文句は直ちに具象的な中心を得て、単なる情調詩以上のある深さを感じさせる。

この視点をもって長唄の歌詞に向かったとき、自分には右にあげた疑問が解けるように思えた。一つの情緒を筋立てて歌った叙情詩は、踊りにとっては不利であろう。なぜなら特殊な心の感情の動きを表現するためには、演劇的な表情がはいりやすいからである。そうして演劇的になることは、踊りの特殊な表現能力を減殺することになるからである。音楽に近い踊りにはその自身の象徴的な表現法がある。踊りがその特有の美を発揮するためには、歌詞の束縛はできるだけ弱まらなくてはならない。