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きゅうしゅじん
旧主人・芽生
島崎 藤村
線上閱讀島崎 藤村《旧主人・芽生(きゅうしゅじん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 149,813 字 · 302 頁
東京にある知人も多く従軍した。一年の間、この大きな戦争の空気の中で、私はある著作に従事した。
種々(いろいろ)な困難は、猶(なお)、私の前に横たわっていた。一方には学校を控えていたから、思うように自分の仕事も進捗(はかど)らなかった。全く教師を辞(や)めて、専心従事するとしても、猶一年程は要(かか)る。私は既に三人の女の児の親である。その間妻子を養うだけのものは是非とも用意して掛らねばならぬ。
とにかく、小諸を去ることに決めた。山を下りて、そして自分の仕事を完成したいと思った。
岩村田通いの馬車の喇叭(らっぱ)が鳴った。私は小諸相生町の角からその馬車に乗った。引越の仕度をするよりも、何よりも、先(ま)ず一人の友達を訪ねて、その人の助力を得たいと思ったのである。その日は他に同行を約束した人もあったが、途中の激寒を懼(おそ)れて見合せた。私は独(ひと)りで出掛けた。雪はまだ深く地にあった。馬車が浅間の麓を廻るにつれて、乗客は互に膝(ひざ)を突合せて震えた。岩村田で馬車を下りて、それから猶山深く入る前に、私はある休茶屋の炉辺(ろばた)で凍えた身体を温めずにはいられなかった位である。