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くらがりのおとまつ
暗がりの乙松
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《暗がりの乙松(くらがりのおとまつ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 11,992 字 · 25 頁
三
「そりゃあこの土地か」
「へえ、つい街道向うでござんす」
相手はぎろりと三次を見たが、
「おらあ血を見るなあ御免だぜ」
「あっしも江戸育ちでさあ、けっしてそんなぶまなこたあ致しやせん」
「そうか、じゃあ何だ、とにかくお前の腕を見せてもらうとしよう、話ゃあそれからだ。――おっと三の字、断っておくがおいらここじゃ梅田屋で通っているんだぜ」
「承知でござんす、梅田屋の旦那」
「ふっふっふ、まあ忘れねえように頼む」
暗がりの乙松、ではない梅田屋は、艶の良い顔を崩しながら愉快そうに笑う、三次は冷えた酒をぐっと呷った。
三
とっぷり暮れた空に夕月がかかっている。
風のない初夏の黄昏すぎ、西伊豆の山々もすっかり黝ずんで、遠く近く灯がまたたき始めている。修善寺の湯治場から南へ十丁あまり距れた、とある丘のふところで、さっきから身を寄せ合ったまましめやかに話し耽っている若い男女があった。
娘のほうは十六か七であろう、襤褸の野良着こそ着ているが、色の白い丸ぽちゃの愛くるしい顔だちで、星のように潤みをもった眼がじっと男の横顔をみつめている。
「聞くまではおらも知らなかっただ」
娘は呟くように云った。