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ほんじょまつざかちょう

本所松坂町

尾崎 士郎

線上閱讀尾崎 士郎《本所松坂町(ほんじょまつざかちょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 27,622 字 · 55 頁

青空文庫

あくる日は、異例ともいうべき領内巡遊が行われた。いつものように、お忍び同様な赤いお馬の見廻りではない。殿様の乗馬の赤いことは例年のごとくであるが、これに随従する騎馬の武士は十人あまりで、各部落ごとに出迎えの人垣が往来の両側をうずめていた。行く先き先きに待っているものは、感謝と尊信の思いをひそめた領民たちの視線である。その眼にふれると上野介は、あふるるばかりの情愛にみちた笑顔で答える。

領民たちの眼に、大名らしい威厳もとりつくろわず、ゆるゆると馬をすすめてゆく上野介のすがたほど世にも気高いものはなかった。彼のあとから左兵衛を抱いた山吉新八郎の馬がつづき、そのすぐうしろには、見るからに愛くるしい、さわやかな相貌をした若い武士が栗毛の馬の手綱をしっかりとひきしめていた。

「あれだよ」

「えっ――あれが」

「馬子にも衣裳というが、あれが藤作か」

「あれが、のう」

行列がすぎ去ってゆくと、人垣はざわざわとくずれ、みんな口々にささやきあった。ここでもかしこでも、清水藤作、――ではない、清水一学の噂で持ちきっている。おどろきと、讃歎にみちた声の波紋はみるみるうちに大きくひろがってゆく。