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とうようぶんかしにおけるぶっきょうのちい
東洋文化史における仏教の地位
高楠 順次郎
線上閱讀高楠 順次郎《東洋文化史における仏教の地位(とうようぶんかしにおけるぶっきょうのちい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 34,830 字 · 69 頁
五
仏が涅槃に入られる時に、「我入滅すとも我所説の法は滅不滅である、我所説の法以て汝が師と為せよ」といわれた。自分の肉身、即ち親身は滅しても法身は常住である、肉としての自身は亡びても法としての自身を大切にせよと言われたのである。それを字義通りに大切にするために佛が滅せられた年の七月に大迦葉が五百の仏弟子を集めて一切経を結集したのであります。一切経というものは仏が一代の中に説かれたもので、その中に自分が自発的に説かれ、自分の理想を説き出されたものが「経」というので、昔はこれを単に法といっていた。法というのは理想というのでありますから、仏法というのは仏の理想、説法というのは仏が理想を説かれる、転法輪というのは仏が理想の輪を社会に転進して理想を実現せられるというような意味である。法界というのは仏の理想の行われる世界である。法身とは仏の理想のみの身ということである。昔は法といったが今は経といっております。
所が自分が自発的でなく、弟子が罪悪を犯すに随って制した戒律がある。生きた物を殺す、そういう行ないはしてはならぬと制せられたもの、それが法典となっているのであります。