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とうようぶんかしにおけるぶっきょうのちい
東洋文化史における仏教の地位
高楠 順次郎
線上閱讀高楠 順次郎《東洋文化史における仏教の地位(とうようぶんかしにおけるぶっきょうのちい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 34,830 字 · 69 頁
日本の教育ではかく殆ど無視している。西洋人は却って大乗仏教と仏教美術には相当に頭を下げるのでありますから、続々研究のために来るのであります。その研究も昔とは違ってきた、前は一応の説明を与えてやれば満足して帰って行く、そしてその十分の一くらい旅行記の端に書けば満足している。しかし今頃来る人は全く相違している。天台を研究する人は叡山に登らなければ承知しない。真言を研究する人は高野山に登り、灌頂を受けなければ承知しない。西洋にも何千人という会員を持った協会もある、会堂を持って時々講演を開いているのもある、或いは文芸的に或いは劇的に仏教を表現せんとするものもある、如何にもして大文学美術を研究しようとする努力が四方に現われております。老子の如きは戦後大変に研究されましたが、これは一時の流行で長続きをしない、それはちょっと面白いというのでやるのであります。ところが仏教はちょっと面白いという時期はすでに遠き過去にある、今は実際問題に立ち入っている、宗教の行き詰りを打開せんとする努力時代である。一切経の一冊読むにも一千頁は読まなくてはならぬ、自然に深入りして、仏教の蘊奥とまではいかなくても大分詳しい所まで調べようというようなことになって来たのであります。