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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 頁

青空文庫

新八はもっと赤くなり、逃げるように路地を出ていった。すると通りへ出たところで、帰ってくる野中又五郎と会った。買い物の包みを持って、娘といっしょに来た又五郎は、新八を見ると、いそぎ足に近よりながら、首を横に振った。

「いけませんね、外へ出てはいけません」又五郎が云った、「柿崎さんからそう云われているのでしょう、なにか用事でもあるのですか」

「ええ、ちょっと」新八は口ごもった。

「あるなら云って下さい、私がいって来てあげます」

新八はあいまいに首を振り、それほどいそぐことでもない、と口の中で云った。

「では戻りましょう」と又五郎は云って歩きだした、「これからはどうか無断でお出にならないようにして下さい」

その次の日、つまり移って来て三日めには、又五郎は午前八時ころ家を出てゆき、夕方の、もう暗くなるじぶんに帰って来た。高価な品ではないが、羽折、袴をきちっと着けた野中の姿は、清潔でりりしくみえた。柿崎は着る物もぜいたくだし、顔だちも美男のほうであるが、又五郎のように清潔な感じもないし、「りりしい」などというところは少しもみえない。

――野中さんは志操の正しい人なんだな。