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すいがいざつろく
水害雑録
伊藤 左千夫
線上閱讀伊藤 左千夫《水害雑録(すいがいざつろく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 12,302 字 · 25 頁
世間は恐怖の色調をおびた騒ぎをもって満たされた。平生聞ゆるところの都会的音響はほとんど耳に入らないで、うかとしていれば聞き取ることのできない、物の底深くに、力強い騒ぎを聞くような、人を不安に引き入れねばやまないような、深酷な騒ぎがそこら一帯の空気を振蕩して起った。
天神川も溢れ、竪川も溢れ、横川も溢れ出したのである。平和は根柢から破れて、戦闘は開始したのだ。もはや恐怖も遅疑も無い。進むべきところに進む外、何を顧みる余地も無くなった。家族には近い知人の二階屋に避難すべきを命じ置き、自分は若い者三人を叱して乳牛の避難にかかった。かねてここと見定めて置いた高架鉄道の線路に添うた高地に向って牛を引き出す手筈である。水深はなお腰に達しないくらいであるから、あえて困難というほどではない。
自分はまず黒白斑の牛と赤牛との二頭を牽出す。彼ら無心の毛族も何らか感ずるところあると見え、残る牛も出る牛もいっせいに声を限りと叫び出した。その騒々しさは又自から牽手の心を興奮させる。自分は二頭の牝牛を引いて門を出た。腹部まで水に浸されて引出された乳牛は、どうされると思うのか、右往左往と狂い廻る。