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ほのおのなかにうたう

焔の中に歌う

野村 胡堂

線上閱讀野村 胡堂《焔の中に歌う(ほのおのなかにうたう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 13,476 字 · 27 頁

青空文庫

「……それは結構なお心掛けで……」

錦木幸麿の口吻には、ほんの少しばかり、軽蔑の響きがありました。

「有難う」

駒鳥絹枝の口吻には、激怒を押し包む、慇懃さがありました。形勢不穏と見て、

「あなたらしい面白いことですね……私は医者で、芸術の事はわかりませんが、多くの患者を手がけて居る内に、近頃不思議な事を発見しました……それはこんな事を申すと、錦木さんなどのお叱りを受けるかも知れませんが……すべて人は、許されないもの、禁じられたものに対して、異常のあこがれや欲求を持つという事なのです」

「そんな事もあるでしょうね、併しそれは決して不思議な事でも何んでもありません」

錦木幸麿は少し反抗的な調子ですが、高木博士は委細構わず話を進めて参ります。

「アルコールを禁ぜられたアルコール中毒の患者が、アルコールに対して異常な執着を持ち、甘い物を止められた糖尿病の患者が、お菓子を命がけで欲しがるのは申すまでもありません。耳の悪い人が音楽を好み、目の悪い人が絵画を熱愛する例を、私は沢山見て居ります。視力なり聴力なりが、失われかけて居る時が特にそれが烈しいのです、これは駒鳥さんの畑ですが、ベートーヴェンは聾でなかったら、あれだけの音楽は作れなかったかも知れないと言われて居るではありませんか。