輕讀日語

輕鬆讀懂日語經典作品

ja-reading.com

輕鬆讀懂日語,輕鬆閱讀日語。線上閱讀日語經典作品。支援在閱讀過程中顯示假名、查詢生詞、翻譯句子。

げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 頁

青空文庫

だから又この実験は、吾々の一切の感性的な経験的な認識活動のその感性乃至経験そのものの性質を指すものになるわけで、この意味に於て、一切の経験的認識は実験的であり、一切の感性的経験は実験の形をとるのだ、ということになるのである。凡ての観察も亦実験なのだ(私はこう云うことによって、石原純氏の疑問――前出――に対し得ると考える)。

だが実験をこういう風に一般的に、一切の感性的な経験の形だと考えれば、実は一切の科学が、独り自然科学に限らず一切の実証的な理論が、社会科学であろうと何んであろうと、実験的特色を有つということになる。社会科学に於ける実験が可能であるなしに関係なく、まず初めから、社会科学はもし夫が実証的であるためには、即ち又実験的でなければならぬということになるだろう。そして恐らく、社会科学に於ける実験という操作乃至手続きも、それ程無意味な不可能なものではあるまい。

処が社会科学が全体の特色から云って、自然科学と同様に実験的だなどと云う言葉は、大抵の自然科学者をも社会科学者をも憤慨させるに充分かも知れない。それは実験という言葉を殆んど無意味なまでに拡大して用いるルーズなやり方だと云って、哲学者も不満を洩すことだろう。