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ことのそらね

琴のそら音

夏目 漱石

線上閱讀夏目 漱石《琴のそら音(ことのそらね)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 20,985 字 · 42 頁

青空文庫

しまいには鐘の音にわが呼吸を合せたくなる。今夜はどうしても法学士らしくないと、足早に交番の角を曲るとき、冷たい風に誘われてポツリと大粒の雨が顔にあたる。

極楽水はいやに陰気なところである。近頃は両側へ長家が建ったので昔ほど淋しくはないが、その長家が左右共闃然として空家のように見えるのは余り気持のいいものではない。貧民に活動はつき物である。働いておらぬ貧民は、貧民たる本性を遺失して生きたものとは認められぬ。余が通り抜ける極楽水の貧民は打てども蘇み返る景色なきまでに静かである。――実際死んでいるのだろう。ポツリポツリと雨はようやく濃かになる。傘を持って来なかった、ことによると帰るまでにはずぶ濡になるわいと舌打をしながら空を仰ぐ。雨は闇の底から蕭々と降る、容易に晴れそうにもない。

五六間先にたちまち白い者が見える。往来の真中に立ち留って、首を延してこの白い者をすかしているうちに、白い者は容赦もなく余の方へ進んでくる。半分と立たぬ間に余の右側を掠めるごとく過ぎ去ったのを見ると――蜜柑箱のようなものに白い巾をかけて、黒い着物をきた男が二人、棒を通して前後から担いで行くのである。