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くじょしょうろく
痀女抄録
矢田 津世子
線上閱讀矢田 津世子《痀女抄録(くじょしょうろく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 32,578 字 · 65 頁
よく、新聞雑誌で龍子の写真を見付けると、いちいちそれを見せに近所の娘たちのところへ息をせいせい言わせて駈けつける。龍子が音楽学校を華やかに巣立ったころのことで、その写真や名前の切り抜きを、寿女は丁寧に堅紙で包んで針箱の底に納まっておいた。
広小路の百貨店まで買い物にきたついでだからと、龍子が、この母娘の小店へ立寄ったことがある。その名が世に出て後、自分から足をはこんできたのは、たった一度この時だけであった。
寿女が隣家の加福の師匠の許へ通いはじめたのは十九の時である。それまでも、母親の心遣いで事あるたびに赤飯だの煮〆だのを勝手口から届けに行くと、招じ入れられて、しぜん、繍をおぼえ、弟子たちの仕かけにいたずらの真似刺しなどして、よく笑われた。通ってみてはどうか、と勧めたのは師匠で、自身、母親を説きに訪ねてみえたりした。
娘に刺繍をおぼえこませるということは、母親にとっても希んでいるところであった。仕立物の針はひと通り運ぶようになったし、このうえ、繍の手をおぼえこんでくれたなら、不自由の身が独り遺されても、どうやら凌いで行けるだろうから、と母親の思案は、自分亡きのちの寿女のことにばかり至りがちである。