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しらねのふもと

白峰の麓

大下 藤次郎

線上閱讀大下 藤次郎《白峰の麓(しらねのふもと)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 22,238 字 · 45 頁

青空文庫

何やら虫がいて、襟から手元から、そこらあたりがむず痒い。右を下にした、左を下にした、仰向いても見た、時々は吾知らず足を伸ばして、薪木を蹴り火花を散し、驚いて飛起きたこともあった。

宗平兄弟も、鼾の声はするがよくは眠らぬらしい、絶えず起きては火を消すまいとする。おかげで少しも寒さを覚えなかった。サラサラと板屋をうつ雨の音がする。烈しくは降らぬが急に歇みそうにもない。井川の山々は、何故私に逢うのを嫌うのだろうと情なくもなる。

十六

無造作に押よせた入口の草の戸、その隙間から薄明りがさして、いつか夜は明けたらしい。起きて屋外へ出たが、一面の霧で何も見えない。西山東山、そんな遠くは言わずもがな、足許の水桶さえも定かではない。恐しい深い霧だ、天地はただ明るい鼠色に塗られてしまった。

顔を洗うことは出来ない、僅かに茶碗に一杯の水で口を漱いで小屋に入る。宗忠は飯を炊き始める。水桶に移すと、今度は宗平が飯を炊く、見ると湯の沸いた中へ、一升ばかりの粟を入れる。村では少しの麦を加えるそうだが、山上では粟ばかりだという。どんな味かと聞たら、温いうちはよいが、冷えたらとても東京の人には食べられまいという。