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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 頁

青空文庫

――藤夜叉が生んだ不知哉丸である。いちども膝に抱いたこともない子だった。不愍な生れ性ではあった。けれど直義の養子となり一方の若大将となってからの直冬の眼はつねに尊氏を冷たく刺した。非情な実父と恨んでいるのか、何か責めてやまない白眼にみえる。それが尊氏にはたまらなかった。棘のつらさの余り嫌厭になった。

その直冬の西国下向こそ、直義の異心の準備だと、師直は進言している。また直冬自身が、やがては養父の直義が天下に君臨することを望んでいるとも、他から尊氏の耳には入っている。

もちろん尊氏は信じない。けれど直冬のひがみといい、母の藤夜叉へ自分が過去にしたことといい、充分、彼には罪の意識があった。拭いがたい呵責をわれとわが身にしているのである。そのうえについ先頃は、身の毛をよだてるような一事もあった。

なにかといえば。

それは二十日ほど前に遭遇した四条勧進田楽の大椿事のときである。――幸いに、尊氏夫妻のいた桟敷はすこし傾いたのみで難もなかったのだが、あの折、舞台がかりの出から半開きの扇を眉に見得を見せた女役者のおもざしが「あっ、藤夜叉か?」と尊氏の眸をはっと怪しませ、ときも同時に、ごうぜんと、あたりの桟敷百十間がくずれ落ちて、死傷数百人という阿鼻叫喚が、刹那におこっていたのであった。