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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 頁
弓矢なりけり
後に、この公義は、高野へ入って、僧になっていたことが世にわかった。けれど師直師泰のふたりにはもうこの歌が誘う真実なさけびもまにあわなかった。……まもなく、二月二十六日の春寒い小糠雨の朝は明けていた。
尊氏は魚見堂を出、敗残の兵千ばかりが、その前後にしたがった。――師直師泰も馬には乗ったが、いわば敵人へささげられる体であった。沿道の人目を恥じてか、蓮の葉笠を眉深にふせて、悄々と列の中に交じった。
蓮の葉笠とはどんな笠か。網代より深い椀形の紙の塗笠かもしれない。ともかく、師直も師泰もよほど人目をきらったとみえる。意識的に馬混みの間を行き、いつも尊氏の背が見えるぐらいな所にいた。
兵庫を出はなれると、はたして道の両側には敵兵の顔がたくさん並んでいる。「あれが執事だ」「あれが越後よ」という※(「口+耳」、第3水準1-14-94)きが耳を刺す。尊氏の姿をさえ笑って見物している雑兵らなのだ。このみじめな敗北感は馬も知るのか、ぬかるみを行く無数の長い脛にも力がなかった。
武庫川の辺まで来ると、春の小糠雨は急に山からと海からとの風に掻きまわされて、痛いような水粒が笠の下へも吹きつけてくる。