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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 頁
と大いになじるつもりでいたものとも思われる。
まさに、この置文の前で、弟に面罵されたら、一言もない。――その遺言は告げているのだ。わが辱を雪げ。わが家の家名を上げよ。また、足利家の名をもって北条の幕府に代れ、と。
家に伝わる家祖のそんな遺言があるのを知ったのは、当時、兄弟ともまだ二十歳がらみのころだった。茫々、三十年ぢかい前だった。
若い激血は祖先の悲痛な文字にふれて痛涙したものである。異常なそのときの感奮は長く忘られるものではない。大望の誓いに兄弟で抱き合って泣いた日のことも昨日のごとく覚えてはいる。
――しかし三十年のむかしだ。人間は育って行った。理想と現実とのいかに違うものかを、いやというほど社会の修羅の中で、じっさいに知らされてきた。
置文は、彼にとって、動機ではあったが、もう終生の信条ではなくなっている。置文の主が生きていた時代とは時勢そのものがちがっている。尊氏はとうに置文を越えた“時”の尖端に立って現在と未来の間に戦っていた。古くさい置文などは胸の隅にも持たない時代の権化なのである。
「……が、弟は」
たまらない憐愍がわいて彼はまた直義の枕元に坐り直した。