輕鬆讀懂日語經典作品
ja-reading.com
輕鬆讀懂日語,輕鬆閱讀日語。線上閱讀日語經典作品。支援在閱讀過程中顯示假名、查詢生詞、翻譯句子。
しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 頁
「年内には、吉野までも」
と、急いできた顕家も、ついにここ鎌倉で越年となった。霊山出発いらい、四月目だった。
けれど、これでも迅い方であり「よくぞ!」と踏破の後を振返ったことであろう。同時に「ここまで来れば!」の感もあった。
ここで、つけ加えておかねばならないことがある。
北畠顕家軍の鎌倉突破は、いかにも、一瀉千里に行ったようだが、これには、ほかの助勢もあったのだ。
一つは、北条時行の助けであり、もひとつは、新田義興の応援である。
北条時行(亡き高時の遺子)は、そのご、勅免となって、伊豆にいたので、顕家の南下に呼応して、箱根に旗を上げ、また、新田義興(当年、まだ二歳の徳寿丸)は、新田党の郷土、上野を出て、これも側面から顕家を助けていたのである。
――わずか五年前をかえりみれば、執権高時は、後醍醐の怨敵だった。また義貞は、その北条九代の府を、一朝のまに、瓦礫となさしめた人だった。
それが、いまでは“反尊氏”のもとに、勅免を蒙って、高時の子も、新田の党も同陣になっていた。じつに予測もできない時の変りようである。
そして、これらはみな、時をひとつに、全国へむかって発せられていた吉野朝廷の大号令によるもので、その目標は、