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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 頁
天龍寺船
――とまれ吉野大衆は不変のおたすけをいたさんと衆議一定いたしました。歴代、朝廷あっての公卿廷臣が、この期に、朝の存亡を疑い、身ひとつの去就に迷うなどとは、何としたことでしょうか」
と、人々の滅失を、大いに醒ました。
そのうえ、ここにまた、悲腸の廷臣たちを力づけたものがある。それは、亡き楠木河内守正成の嫡男正行だった。先帝の喪と洩れ聞いて、正行は一族の和田和泉守らとほか数百騎をひきつれて馳せ参じ、
「まずは御陵のおん前に」
と、そこへ来てぬかずいたのち、初めて、新帝の行宮に参内をとげたのだった。
その正行は、当年十八。その若武者振りは衆目をひいたが、やがて年の暮頃、河内へ帰って行った。
かくて公卿たちの腹もさだまり、喪は遺詔の檄と共に、全国の宮方へ通達され、あくまで吉野死守の結束を新たにしていた。するうちに、美濃で敗れた脇屋義助も、ここの吉野へ落ちて来るやら、諸国の武士の南朝支持もまだつよく、俄に吉野朝廷が衰えたとも見えなかった。
天龍寺船
尊氏が、後醍醐の死を知ったのは、八月十八日の明けがただった。
これはおそろしく早かったといってよい。
吉野の喪は秘されていたろうに、二日後にはもう三条坊門の門へその飛報が入っていた。