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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 頁
「はアて?」
尊氏は、俄にほんとにもしなかった。公的な通告でなく、早馬できた諜者の諜報に過ぎない聞えであったからだ。
「たしかな沙汰か?」
もいちど、つぶやいた彼の体のうちを何か波のようにうねり抜けたものがある。目のまえにあった泰山のような邪魔ものが崩れて一ときにべつな視野を見たような感でもあったが、すぐあとには、われにもあらぬふるえがどうにもとまらなかった。日ごろにあった彼の罪悪意識と突然な虚しさとが、波の通ったあとの砂地みたいにべったり心の底に定着していた。
まだ暗いうちだったが、
「錦小路殿にすぐ来いと申せ」
と、使いを走らせ、また一条今出川の高ノ師直の家へも、
「即刻、出仕せよ」
と、家臣をやった。
ふたりが御池殿の一ト間に顔をそろえたとき、尊氏はまだ仏間から出ていなかった。しかし、三名の密談となってからは、さして時をおかず、直義と師直とは、すぐ政所のほうへ出て行った。
そのあと、尊氏はいちど奥へ入って、鶴姫を見ていた。
登子は、先年、男子の基氏を生み、この春には女子の鶴姫を生んでいた。初めての女の子である。尊氏はこの鶴姫が可愛くてならず、朝のいちどは、かならず乳の香のするここを覗く。