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ひでんのめいやく
秘伝の名訳
岸田 国士
線上閱讀岸田 国士《秘伝の名訳(ひでんのめいやく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 1,125 字 · 3 頁
外国作品の翻訳を思いたつのには、いろいろの名目と動機があり、また、その翻訳の態度にもさまざまな流儀と型がある。一概にどれが正しく、どれが好ましいともいえぬが、すくなくとも、わが辰野隆氏のいくつかのフランス戯曲の翻訳、わけても、今度の「フイガロの結婚」は、月並な名目と動機を超え、すべての流儀と型とを絶した、ほとんど秘伝と銘をうちたい辰野家専売の貴重訳である。
忠実な訳、巧妙な訳、しつかりした訳、こなれた訳、そんな褒めかたではいつこう歯の立たぬ代物で、これこそ、ボーマルシエが辰野博士にのり移り、両者の舌を一枚に重ね、作者の洋才と訳者の和魂とがにぎやかにもつれ合つて封建末期の快男児フイガロ貧雅郎の一大活劇を語り聴かしているという風な書物である。原作はいろいろな意味で世界演劇史の一時期を画した名戯曲であるが、フランス十八世紀がこの作品を生んだことによつて、演劇的にも貧しい時代ではなかつたことを証明しているばかりでなく、いわゆる旧制度崩壊の空気がいかに濃厚であつたかを普く世に知らしめる事が出来たといゝ得るのである。
十八世紀は、周知の如く、ヨーロツパに於ける社会革命の前夜であつて、澎湃たる自由の精神は言わば肉体化されて、一種他の時代に見られない、機略縦横、闊達無軌道な人間の典型を庶民階級の中に生み出した。