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よしとししゃせいちょう

芳年写生帖

野村 胡堂

線上閱讀野村 胡堂《芳年写生帖(よしとししゃせいちょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 12,626 字 · 26 頁

青空文庫

隣の娘お浜

それに何処へ行くにしても先立つものは金だ」

「それなら幸い――」

およつは、少しばかり隠して持っている、自分の虎の子のことを考えて居ました。

「三河島には縁家がある。今日芳年が出る時、一筆書いて持って行って貰ったから、今にも帰って来たら、何とか返事があるだろう」

日下部欽之丞は、何時の間にやら、床の上に起直って居りました。二つ三つ受けたかすり傷は、もうすっかり癒って、此儘函館へも飛べそうな心持です。

「それじゃ、私が一緒に行けないではないか。あの人に行先まで教えてしまっては、命の鍵を握られているも同様、それに、二人の仲を薄々嗅ぎつけた様子だから、後腐れのないように、バッサリやって、何処か遠くへ飛ぶ工夫が肝心だと思うが――」

およつの肝の太さ、あまり気の進まぬ日下部欽之丞を説き伏せて、底の知れない悪魔の淵へと誘い入れる積りでしょう。

隣の娘お浜

「ちょいと」

ひそやかな声に呼止められて、芳年は思わず足を淀ませました。今日は不思議に早く帰った路地の入口、共同井戸の前に、白い顔が自分を見詰めて居たのです。

「お浜さんじゃないか、何んか用事かい」

芳年は気軽な調子で斯う立ち止りました。