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くさもみじ

荷風随筆集(下)

永井 荷風

線上閱讀永井 荷風《荷風随筆集(下)(くさもみじ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 30,512 字 · 63 頁

青空文庫

その頃、幾年となく、黒衣の帯に金槌をさし、オペラ館の舞台に背景の飾附をしていた年の頃は五十前後の親方がいた。眼の細い、身丈の低くからぬ、丈夫そうな爺さんであった。浅草という土地がら、大道具という職業がらには似もつかず、物事が手荒でなく、口のききようも至極穏かであったので、舞台の仕事がすんで、黒い仕事着を渋い好みの着物に着かえ、夏は鼠色の半コート、冬は角袖茶色のコートを襲ねたりすると、実直な商人としか見えなかった。大分禿げ上った頭には帽子を冠らず、下駄はいつも鼻緒のゆるんでいないらしいのを突掛けたのは、江戸ッ子特有の嗜みであろう。仲間の職人より先に一人すたすたと千束町の住家へ帰って行く。その様子合から酒も飲まなかったらしい。

この爺さんには娘が二人いた。妹の方は家で母親と共にお好み焼を商い、姉の方はその頃年はもう二十二、三。芸名を栄子といって、毎日父の飾りつける道具の前で、幾年間大勢と一緒に揃って踊っていた踊子の中の一人であった。

わたくしが栄子と心易くなったのは、昭和十三年の夏、作曲家S氏と共に、この劇場の演芸にたずさわった時からであった。初日の幕のあこうとする刻限、楽屋に行くと、その日は三社権現御祭礼の当日だったそうで、栄子はわたくしが二階の踊子部屋へ入るのを待ち、風呂敷に包んで持って来た強飯を竹の