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おちむしゃにっき
落武者日記
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《落武者日記(おちむしゃにっき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 11,460 字 · 23 頁
祐八郎は静かに振返って、
「迷惑を掛けて済まなかった、おまえに罪のないことは、陣所へまいって固く陳弁してやる、……雑作をかけた詫びを云うぞ」
娘は答えなかった。そして地面に膝をついたまま、大きく空虚に瞠いた眼で、喰入るように祐八郎の眼を見上げていた。
「別れるまえに訊ねたいことがある、おまえの名を聞かせてくれ」
「……まつ、……まつと申します」
「……まつ。済まなかった」
祐八郎は娘の眼を見返しながら、心へ刻みつけるように呟くと、振返って、
「さあ曳いて行け」
と高く顎をあげた。
もうなにも考えることはなかった。行き着くところへ行き着いた者の、澄んだ、快いほどに澄んだ気持だった。……石山の陣所でひととおり訊問され、三成の家臣だということが分ると、そのまま大津へと運ばれた。
――御主君はどうあそばしたか。
なによりもそれが知りたかった。それで大津へ曳いて行かれる途中も、警護の者の言葉から耳を離さなかった。しかし、結局は安否を知ることができずにしまった。
石山から大津までのあいだは、おびただしい関東軍の人馬で埋ったようだった。勝軍にめぐまれた人々の、元気いっぱいな、明るい談笑がいたるところで湧きかえっていた。