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ぐびじんそう

虞美人草

夏目 漱石

線上閱讀夏目 漱石《虞美人草(ぐびじんそう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 198,559 字 · 401 頁

青空文庫

春はここに尽きる。梅に、桜に、桃に、李に、かつ散り、かつ散って、残る紅もまた夢のように散ってしまった。春に誇るものはことごとく亡ぶ。我の女は虚栄の毒を仰いで斃れた。花に相手を失った風は、いたずらに亡き人の部屋に薫り初める。

藤尾は北を枕に寝る。薄く掛けた友禅の小夜着には片輪車を、浮世らしからぬ恰好に、染め抜いた。上には半分ほど色づいた蔦が一面に這いかかる。淋しき模様である。動く気色もない。敷布団は厚い郡内を二枚重ねたらしい。塵さえ立たぬ敷布を滑かに敷き詰めた下から、粗い格子の黄と焦茶が一本ずつ見える。

変らぬものは黒髪である。紫の絹紐は取って捨てた。有るたけは、有るに任せて枕に乱した。今日までの浮世と思う母は、櫛の歯も入れてやらぬと見える。乱るる髪は、純白な敷布にこぼれて、小夜着の襟の天鵞絨に連なる。その中に仰向けた顔がある。昨日の肉をそのままに、ただ色が違う。眉は依然として濃い。眼はさっき母が眠らした。眠るまで母は丹念に撫ったのである。――顔よりほかは見えぬ。

敷布の上に時計がある。濃に刻んだ七子は無惨に潰れてしまった。鎖だけはたしかである。ぐるぐると両蓋の縁を巻いて、黄金の光を五分ごとに曲折する真中に、柘榴珠が、へしゃげた蓋の眼のごとく乗っている。