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きく

親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選

山川 方夫

線上閱讀山川 方夫《親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選(きく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 67,486 字 · 144 頁

青空文庫

女が一人のまだ若い武士の杯に酒を注いでやったときであった、その杯に、一ひらの桜の花びらが落ちて、浮いた。

「……うつくしい」と、武士はいった。「まるで、あなたの頬が杯に浮いたようだ」

まだどこかに幼な顔ののこった、少年のような武士であった。武士は、そして女をちらりと見て恥ずかしげに睫を伏せ、花びらごと酒をぐいと喉に流しこんだ。

女の胸に、生まれてはじめての熱い痛みがはしったのは、その刹那だった。女は、ごくごくと音をたてて大杯の酒をあおる若い武士の、逞ましい喉の動きを呆然とみつめながら、まるで、あっという間に自分が彼の喉を通り、彼の中に嚥みこまれてしまったようなはげしい惑乱をおぼえた。その一瞬、女はいわば若い武士の中に、すっぽりと包みこまれてしまったのだ。

とたんに身内が熱く火照りはじめ、女は空になった武士の杯を満たしてやるのも忘れて、全身がわななくようにふるえた。少年のような若い武士は、目もとをぽうっと赧く染めて、怒ったような顔で杯の底を見ていた。

そうして、女ははじめての恋に落ちた。恋が身を刺すような一つの痛みであり、その痛みとともに呼吸づく幸せであり、ぼんやりとしたままでの充実にみちびく胸ふさぐおののきであり、なんの理屈もない、ただその人のそばにいたいと願う、ばかげた、しかしとどめようのない火である