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すぎたはるのきおく

過ぎた春の記憶

小川 未明

線上閱讀小川 未明《過ぎた春の記憶(すぎたはるのきおく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 5,536 字 · 11 頁

青空文庫

」

と、一人が発議した。皆なは、「そうだ。皆んな別々に隠れよう。」といって各自はこそこそと森の中の、藪の中に、それぞれ隠れてしまった。

もう、夕靄が一面に下りて、森の下は暗くなって、少しも見えなかった。紅い夕日は、僅かにほんのりと遠くの地平線に余炎を残していた。黒く人のように立っているものがある。それは、木の枝が固っているのであった。正一は、自分独りになってまごまごと隠れるところを探していた。

先刻、幽霊の話を聞いたので、日頃から臆病であったから、独りで隠れる気にはなれなかった。

正一は、こう思った――もし、自分が鬼になれや黙って帰れない、若しも鬼になって、黙って家に帰ると明る日、皆んなからいじめられるから、鬼にならないうちに家に逃げて帰ろうかとも思った。しかし、今から、家に帰ろうとしても、鬼に見付けられてしまうだろう……こう考えながら、森の中をうろうろしていた。大きな、黒い杉の木の幹には、青い苔の生えているのが白くなって見えた。また、女の頭髪の乱れたような蔦などが下っているところもあった。赤い、烏瓜の吊下っているところもあった。

何だか、黒い、暗い頭の上から、誰か覗いているような気がして、独りで、藪の中に竦んでいることが出来なかった。