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どうとくのかんねん

道徳の観念

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《道徳の観念(どうとくのかんねん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 71,388 字 · 140 頁

青空文庫

――だがこうなるとこの自分と人間(個人)とはどうして別なのだろうか。なる程人間(個人又はその集合としての人類)ならば、それが歴史を創ったということも何とか辛うじて説得出来るかも知れない。併し誰が一体、自分が古代から現代までの歴史を造ったと実感するものが、狂人でない限りあるだろうか。――自分なるものが個人や人間と別な範疇だという論理はよい、だがそうだからと云って、「自分」なるものの形而上学的体系は困る。之は独りシュティルナーに限らず、彼の先輩たるフィヒテに就いても同様に困る点だ。

『ドイツ・イデオロギイ』(唯物論研究会訳)の大半をこの「聖マックス」・シュティルナーの批判に割いたマルクスは、処で彼をこう批評した。「若しも聖マックスが、種々な『事』及びこれ等の事の『所有主』、たとえば神・人類・真理をばもう少し詳しく観察していたならば、これ等の人格の主我主義的な行状に立脚せる主我主義も、これらの人格自身と全く同様に、仮構物であらざるを得ないという、反対の結論に到達する筈だったのだ」と(多少訳を変更)。――つまり「自分」の体系としての形而上学に立脚しようとするが故に、却って「自分」