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ちんじょうしょ

陳情書

西尾 正

線上閱讀西尾 正《陳情書(ちんじょうしょ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 19,750 字 · 38 頁

青空文庫

更けると共に月は益々冴え、アスファルトの道に降りた夜露は凍って其の青い光を吸い込んで居ります。自動車が三筋町の電停を一二町も過ぎ尚も疾走を続けようとした折に、夫迄石の様に黙り続けて居た男が、運ちゃん、ストップ、と陰気な嗄れ声を発しました。閣下に是非共其の場所の探索を命じて戴き度い為に地理的正確さを以て誌し続け度いとは存じますが、何分其の際軽度乍ら酔って居りましたし、酔えば必ず記銘力を失い、時間と地理の観念が極端に薄れて了うのが至極遺憾で有ります。男の案内に従いて上った問題の家と云うのは、電車街路に面した古本屋と果物屋、――多分斯うだったと思いますが、――の間の狭い路次を這入り、其の突き当りの二階家だったのであります。奥に二坪許りの空地が有りまして、共同水道が設置されてあり水の洩れて石畳の上に落ちる規則的な点滴の音が冷たそうに響いて居たのが私の耳に残って居ります。其の家は、――判乎記憶には在りませんが、其の貧相な路次の中では異彩を放つ粋な小造りの二階家で、男が硝子格子に口を押し付ける程近寄せて、今晩は、と声を懸けると、内部からはいと答える四十女らしい者の婀娜めいた声が聞えて来、夫迄消えていた軒灯にぽっと灯が這入りまして、私達の立って居る所が薄茫乎と明るくなりました。