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せいしゅんのぎゃくせつ

青春の逆説

織田 作之助

線上閱讀織田 作之助《青春の逆説(せいしゅんのぎゃくせつ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 162,593 字 · 325 頁

青空文庫

「恋人なんかあるもんか」殆んど口に出かかった言葉をぐっとのみ込んだ。紀代子のことがちらりと頭に泛んだからである。恋人がないということが、この際なにか恥しいことのように思えた。なお、ボタンがとれていることも、なにか失業者じみている。だいいち、上衣のボタンの無いのが眼につくのは、寒空にオーバーも着ていないというはっきりした証拠になる!

(よし、この女を恋人にしてやる)

だしぬけにそう決心した。みっともないと言われたことが、我慢がならなかった。おまけに東京弁だ!

「どうしてとれちゃったの?」女はなおも上衣にさわっていた。香油の匂いが鼻をついた。豹一は顔をしかめた。

(まるで質屋の小僧のように俺の洋服を調べてやがる)豹一の決心はいよいよ固くなった。かつて、毎日質屋へやらされたことを腹立しく想い出した。続いて、かつてのさまざまなみじめな出来ごとが、次から次へ頭へ泛んで来た。

(こんなみじめな俺が衆人環視のなかで、この女を恋人にして見せるのは、面白い)

紀代子の顔を撲れなかった代償としても、充分やり甲斐のあることだと、豹一は胸を熱くしていた。が、衆人環視のなかで、恋人にしてみせるとは、いったいどんなことなのか、豹一にはわからなかった。