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たかはまきょしちょ『けいとう』じょ
高浜虚子著『鶏頭』序
線上閱讀夏目 漱石《高浜虚子著『鶏頭』序(たかはまきょしちょ『けいとう』じょ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 6,746 字 · 14 頁
と云うものは凡て是等の現象界の奥に自己の本体はあって、此流俗と浮沈するのは徹底に浮沈するのではない。しばらく冗談半分に浮沈して居るのである。いくら猛烈に怒っても、いくらひいひい泣いても、怒りが行き留りではない、涙が突き当りではない。奥にちゃんと立ち退き場がある。いざとなれば此立退場へいつでも帰られる。しかも此立退場は不増である。不減である。いくら天下様の御威光でも手のつけ様のない安全な立退場である。此立退場を有って居る人の喜怒哀楽と、有たない人の喜怒哀楽とは人から見たら一様かも知れないが之を起す人之を受ける人から云うと莫大な相違がある。従って流俗で云う第一義の問題も此見地に住する人から云うと第二義以下に堕ちて仕舞う。従がって我等から云ってセッパ詰った問題も此人等から云うと余裕のある問題になる。
所謂禅味と云うものを解釈した人があるかないか知らないが、禅坊主の趣味だから禅味と云うのだろう。そうして禅坊主の悟りと云うものが彼等の云う通りのものであったなら余の解釈に間違はなかろうと思う。して見ると禅味と云う事は暗に余裕のある文学と云う意味に一致する。そうしてその余裕は生死以上に第一義を置くから出てくる。