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いのちのしょや

いのちの初夜

北条 民雄

線上閱讀北条 民雄《いのちの初夜(いのちのしょや)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 31,366 字 · 63 頁

青空文庫

――行き場がないどこへも行き場がない。曠野に迷った旅人のように、孤独と不安が犇々と全身をつつんで来た。熱いものの塊がこみ上げて来て、ひくひくと胸が嗚咽し出したが、不思議に一滴の涙も出ないのだった。

「尾田さん」

不意に呼ぶ佐柄木の声に尾田はどきんと一つ大きな鼓動が打って、ふらふらッと眩暈がした。危うく転びそうになる体を、やっと支えたが、咽喉が枯れてしまったように声が出なかった。

「どうしたんですか」

笑っているらしい声で佐柄木は言いながら近寄って来ると、

「どうかしたのですか」

と訊いた。その声で尾田はようやく平常な気持を取り戻し、

「いえちょっとめまいがしまして」

しかし自分でもびっくりするほど、ひっつるように乾いた声だった。

「そうですか」

佐柄木は言葉を切り、何か考える様子だったが、

「とにかく、もう遅いですから、病室へ帰りましょう」

と言って歩きだした。佐柄木のしっかりした足どりに尾田も、何となく安心して従った。

駱駝の背中のように凹凸のひどい寝台で、その上に布団を敷いて患者たちは眠るのだった。尾田が与えられた寝台の端に腰をかけると、佐柄木も黙って尾田の横に腰を下ろした。