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そのきどをとおって
その木戸を通って
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《その木戸を通って(そのきどをとおって)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 22,448 字 · 44 頁
正四郎は額をあげて云った、「私には、あの娘を追い出すことはできません」
「そんなことを云い切っていいのか」
「私にはできません、理由はわかりませんが、とにかく私一人を頼みにして来た、ほかに頼る者がいないのですから」
田原権右衛門は暫くして云った、「――では、加島家のほうは破談にしよう」
「やむを得ません」と彼は云った、「これだけの事情をわかって頂けないとすれば、私としてもお心のままにと申上げるほかはありません」
「わかった、用事はこれだけだ」
正四郎は田原家を辞した。
彼は自分が正当だと信じているわけではない。世間一般からみれば、婚約者のある者が身許の知れない娘を、家に置くというのは非難されることかもしれないと思う。しかしこの場合は事情が違うのである。その事情の特殊な点を理解しようとせず、ただ世評や面目だけにこだわるとすれば、かれらのほうこそ非難されるべきではないか、と正四郎は思った。
「城代の娘を貰ったってなんだ」と彼はいきごんで呟いた、「女房の縁で出世をする、などと云われるくらいがおちじゃないか、こっちでまっぴらだ」
鮮やかな印象に残っているともえの、美しく賢しげな姿を掻き消そうとでもするように、正四郎は顔をしかめながら強く首を振るのであった。