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デカルトてつがくについて

デカルト哲学について

西田 幾多郎

線上閱讀西田 幾多郎《デカルト哲学について(デカルトてつがくについて)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 19,032 字 · 38 頁

青空文庫

真の神という如きものもないのではないか。しかし斯くまで疑うにしても、欺かれる私はある。欺瞞者が如何に私を欺くとも、私が考えるかぎり、私がある、コーギトー・エルゴー・スムの命題に達したのである。而してそこからデカルト哲学が出立したのである。私は此にデカルト哲学の不徹底があるというのである。神が自己を欺くとも、欺かれる自己がある、私が私の存在を疑うというなら、疑うものが私である。疑うという事実そのものが、自己の存在を証明している。かかる直証の事実から把握せられる実在の原理は、主語的実在の形式ではなくして、矛盾的自己同一の形式でなければならない。スム・コギタンスの自己は、自己矛盾的存在として把握せられるのである。自己は、何処までも自己自身を否定する所にあるのである。しかもそれは単なる否定ではなくして絶対の否定即肯定でなければならない。それは主語的論理が自己自身を否定することによって考えられる実在でなければならない。

デカルトは、自覚の立場から、すべてを否定した。しかし右の如き意味においての、真の否定的自覚の立場に至らなかった。直証の事実といえば、人は直にそれを内的と考える。