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ヒウザンかいとパンのかい
ヒウザン会とパンの会
高村 光太郎
線上閱讀高村 光太郎《ヒウザン会とパンの会(ヒウザンかいとパンのかい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 4,232 字 · 9 頁
ヒウザン会は、丁度その頃、新進気鋭の士の集合であり、当時洋画会の灰一色のアカデミズムにあきたらぬ連中の息抜き場であった。
琅※(「王+干」、第3水準1-87-83)洞を本拠として、多士済々、大体三つのグルウプに分れ、中でも一番勢力のあったのは岸田劉生及その友人門下生の一団であって、私も大体に於て岸田のグルウプであった。その他、川上凉花、真田久吉、万鉄五郎を中心とする一派、斎藤与里を中心とする一派等に分れていた。
われわれヒウザン会同人は、当時、殆んど毎日のように本郷白山の真田久吉の下宿に集合して、気焔を挙げていたものであるが、期熟して、その秋、第一回展を京橋角にあった読売新聞の楼上に開催した。それが又ひどい会場で、天井板のようにガタピシする床には少からず閉口した。
私は油絵三点、彫刻を一点出品したが、岸田劉生は一室を占領し、万鉄五郎また多数を出陳して気勢をあげた。真田久吉の印象派風の作品など当時にあっては尖端をゆくものであった。この第一回展で特に記憶に残っているのは、先頃逝去した吉村冬彦氏(寺田寅彦博士)が夏目漱石氏と連れ立って来場され私の油絵や斎藤与里の作品を売約したことである。