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ボロやのしゅんじゅう

ボロ家の春秋

梅崎 春生

線上閱讀梅崎 春生《ボロ家の春秋(ボロやのしゅんじゅう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 129,411 字 · 263 頁

青空文庫

科学がすすんで、たとえば脳や眼玉がそんなことになったら、感覚器をもたない脳は孤立して何を考えつづけ、また眼玉は孤立して見るだけ見つづけることで、果ては一体どんなことになるのだろう。しかしそれは疑問としてではなく、ある不気味な実感として彼におちてきた。彼は頬にうすら笑いを浮べながら、医師のあとについて、つめたい廊下に出た。廊下では彼の下駄の音が鳴った。犬に靴をもって行かれたままだから、仕方なく下駄をはいて来たのであった。

病棟の方には目新しいものもなかった。ありふれた顔をした患者が、すすけた病室にいるにすぎなかった。そこらあたりから中山は急に饒舌になって、いろんな質問をしたりした。記事につくるための質問であるらしかった。

構内のひろい直線道路を、背の高い痩せた男が、脚をすらりと伸ばして、ゆっくり散歩していた。その男は上衣をぬいで、細い上体にズボン吊りを見せていた。眼鏡の奥のくぼんだ眼窩に、黒く小さな瞳がぼんやり動いて、彼等の方を見た。そしてその男は彼のそばを静かに通りぬけた。冷たい風のようなものが、彼に触れた。

中山が写真機をとりだしたのは、医師に別れを告げてからであった。