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ボロやのしゅんじゅう
ボロ家の春秋
梅崎 春生
線上閱讀梅崎 春生《ボロ家の春秋(ボロやのしゅんじゅう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 129,411 字 · 263 頁
彼を意識しているのは明かであった。むくんだ感じの顔は、おこったようにかたく凝っていたし、視線は絶え間なく小刻みに動いているくせに、彼のいる甘酒屋の方には一度も止まらなかった。こちらを見ることを、意識して避けている様子であった。つめたい飲物を口にふくみながら、彼はそれをぼんやり眺めていた。
店に並べられた玩具の品数は、ごく貧しかった。それらは粗末な棚の上と、下にしいた赤毛布の上に並べられていた。赤毛布はところどころ摺り切れていて、端の方は黒い地面に接していた。そこに発田が脱ぎ捨てたらしい一足の靴が置かれていた。その靴の色や形には、はっきりと彼は見覚えがあった。彼は口の中で思わずつぶやいた。
(ああ。あれは犬がくわえて行ったあの靴だ)
すると奇妙な可笑しさが波をうって、自分の唇にのぼってくるのを彼はかんじた。あの犬が顔の両側にぶらぶらと下げて持って行ったあの靴が、今ここにきちんとそろえて脱いで置いてあるということが、見た目の上では、なにか関連がない妙な感じとして彼をくすぐった。彼は飲物を少しずつ飲みくだしながら、しばらくその靴の形に視線を定め、声を忍んでわらっていた。