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ウィタ・セクスアリス

ヰタ・セクスアリス

森 鴎外

線上閱讀森 鴎外《ヰタ・セクスアリス(ウィタ・セクスアリス)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 58,941 字 · 119 頁

青空文庫

この娘は何という娘だということをも僕は知らないのである。しかし不思議と云えば不思議である。僕が顔を覚えてから足掛五年の間、この娘は娘でいる。僕の空想の中に娘でいるのは不思議ではないが、この娘が実在の娘でいるのは不思議である。僕の例の美しい夢の中で、若しやこの娘は、僕が小菅へ往復する人力車を留めて、話をし掛けるのを待っているのではあるまいかとさえ思ったこともある。しかしまさか現の意識でそれを信ずる程の詩人にもなれなかった。余程年が立ってから、僕は偶然この娘の正体を聞いた。この娘はじきあの近所の寺の住職が為送をしていたのであった。

つまらない話の序に、も一つ同じようなのを話そう。お父様の住まってお出になる、小菅の官舎の隣に十三ばかりの娘がある。それが琴の稽古をしている。師匠は下谷の杉勢というのであるが、遠方の事だから、いつも代稽古の娘が来る。お母様が聞いていらっしゃるに、隣の娘が弾いても、代稽古に来る娘が弾いても、余り好い音がしたことはない。それが或日まるで変った音がした。言って見れば、今までのが寝惚けた音なら、今度のは目の醒めた音である。お母様が隣の奥さんにその事を話すと、あれは琴を商売にしている人ではない。