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せんきゅうひゃくさんじゅうにねんのはる
一九三二年の春
宮本 百合子
線上閱讀宮本 百合子《一九三二年の春(せんきゅうひゃくさんじゅうにねんのはる)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 21,942 字 · 44 頁
亢奮して看守が監房から出て来た。
後から来た方の看守が黙って自分のいる第一房の監房へ入って来、羽目のところを調べ、手でなでて見た。それから二人の看守はやはり黙ったまま、協力して金棒から脱れ加減になった入口の戸の工合をなおし、すっかりすむと獣のようにつかみかかった方が出て行った。
わたしはそれから直ぐ便所へ行き、通りすがりにとなりの第二房を見た。まるで何事もなかったようだ。岨も入れて七人の男がキチンと三畳の監房の羽目を背負って向い合いに並び、二三の者がうなだれている。保護室の前を通ると、眼の大きい与太者が、
「――どうです、先生!」
と声高に、消極的な抗議をこめた調子を表していった。黙ってわたしは便所に行って帰った。留置場内の出来ごとというものが、入口の戸一重のこちらに限られ、世間から遮断され、警察内部でさえ特別地帯とされているという事が、実際にはどんな事実を意味するものであるかを知った。また監房内で正座させる規則というものが、いかにブルジョア形式主義による偽善的効果をもつものであるかを知った。
(留置場へは署内のいろいろな警官が頻繁に来る。廊下においてある小卓子の上に特別なケイ紙が備えつけてあり、そこに時間その他が刷ってある。