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しがつばか

世相・競馬

織田 作之助

線上閱讀織田 作之助《世相・競馬(しがつばか)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 19,112 字 · 39 頁

青空文庫

もし眼玉というものが手でひっぱり出せるものなら、バセドウ氏病の女のそれのように、いやもっと瞳孔から飛び出させて、懐中電燈のように地面の上を這わせたいくらいである。佐伯は心の中で半分走っている。が、走れない。ふと見上げると、ひっそりした校舎の三階の窓にぽつりと一つ灯がついている。さっき見た時にはその灯はついていなかった筈だがとそっと水を浴びた想いに青く濡れた途端、その灯のついた深夜の教室に誰かが蠢いているように思った。いきなり窓がひらいてその灯がぬっと顔を出す。あっと声をのんだ。灯と思ったのは真赤な舌なのだ。いや火だ。口から吐き出す火だ。ぐんぐん伸びて来る。首が舌が火が……。背なかを舐めに来る。ろくろ首だ。佐伯は思わずヒーヒーと乾いた泣き声を出し、やっとその池の傍の小径を通り抜けると、原っぱのなかを駈けだす。急に立ち停る。ひどい息切れが来たのだ。胸の臓器を押しつぶしてしまいそうな呼吸困難である。駅の前が真っ白になる。赤い咳が来る。佐伯は青ざめた顔であわただしく咳の音を聴きながらじっと佇んでいる。寂しい一刻だ。暫らくするとまた歩き出す。恢復した視力でやっとアパートの灯が見える。