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やすきちのてちょうから

保吉の手帳から

芥川 竜之介

線上閱讀芥川 竜之介《保吉の手帳から(やすきちのてちょうから)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 8,771 字 · 18 頁

青空文庫

それをちゃんと検べて置かないと、とんでもない誤訳をやりかねない。たとえば Cat's paw と云うから、猫の足かと思っていれば、そよ風だったりするたぐいである。

ある時彼は二年級の生徒に、やはり航海のことを書いた、何とか云う小品を教えていた。それは恐るべき悪文だった。マストに風が唸ったり、ハッチへ浪が打ちこんだりしても、その浪なり風なりは少しも文字の上へ浮ばなかった。彼は生徒に訳読をさせながら、彼自身先に退屈し出した。こう云う時ほど生徒を相手に、思想問題とか時事問題とかを弁じたい興味に駆られることはない。元来教師と云うものは学科以外の何ものかを教えたがるものである。道徳、趣味、人生観、――何と名づけても差支えない。とにかく教科書や黒板よりも教師自身の心臓に近い何ものかを教えたがるものである。しかし生憎生徒と云うものは学科以外の何ものをも教わりたがらないものである。いや、教わりたがらないのではない。絶対に教わることを嫌悪するものである。保吉はそう信じていたから、この場合も退屈し切ったまま、訳読を進めるより仕かたなかった。

しかし生徒の訳読に一応耳を傾けた上、綿密に誤を直したりするのは退屈しない時でさえ、かなり保吉には面倒だった。