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やつがたけのまじん

八ヶ嶽の魔神

国枝 史郎

線上閱讀国枝 史郎《八ヶ嶽の魔神(やつがたけのまじん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 160,664 字 · 323 頁

青空文庫

「……江戸は将軍家おわす所、それはそれはこの上もなく派手な賑やかな所です。上は大名旗本から下は職人商人まで身分不相応に綺羅を張り、春は花見秋は観楓、昼は音曲夜は酒宴……競って遊楽に耽っております。山海の珍味、錦繍の衣裳、望むがままに買うことも出来、黄金の簪瑁の櫛、小判さえ積めば自分の物となる。そうです。実に小判さえ出せば万事万端己が自由――これが江戸の習俗です。したがってそこには『静粛』もなければ『謙遜』というような美徳もなく、あるものは『虚偽』と『偽善』ばかりです。……実際そこには小鳥も啼かず緑の美しい林もなく穀物の匂いも流れて来ず、嫉妬、猜疑、朋党異伐、金銭に対する狂人のような執着、そのために起こる殺人兇行――あるものと云えばこんなものばかりです。しかも、そのくせ表面はと云えば、いかにも美しくいかにも華麗に、質朴で正直な田舎の人を誘惑するように出来ております。……それに反してこの笹の平は何んという結構な所でしょう」

云いながら静かに身を廻らし戸外の景色を指差したが、

「畑を耕す男、車を押す女。楽しそうに叫んでいる子供や犬。……何んと長閑ではありませんか。