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やつがたけのまじん

八ヶ嶽の魔神

国枝 史郎

線上閱讀国枝 史郎《八ヶ嶽の魔神(やつがたけのまじん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 160,664 字 · 323 頁

青空文庫

森然と後は静かである。

ウォーとその時森の方から狼の声が聞こえて来た。それに答えてどこからともなくウォーウォーと狼の声が二声三声聞こえて来た。と、純白の雪の高原へ一点二点、三、四点、黒い形が浮かび出たがだんだんこっちへ近寄って来る。すなわち数匹の狼である。

四方に散っていた狼がさっと集まって一団となるや、その一団の狼は鼻面を低く地へ垂れて人間の血を恋うようにこっちへノシノシと走って来たが、死骸の埋ずまっている場所まで来るとグルグルグルグル廻り出した。廻りながらパッパッと雪を掻く。掻かれた雪は嵐に煽られ濛々と空へ立ち昇る。その下から現われたのは無慙な権九郎の死骸である。颯と狼は飛びかかった。

死骸は狼に喰い裂かれ、後へ残ったのは襤褸ばかりであった。しかしそれさえ雪に蔽われ瞬間に消えて行った。

小屋の中は暖かった。焚火が元気よく燃えている。

山吹はじっと坐っていた。

その眼は焚火を見詰めていたが心は別のことを考えていた。良人の帰りを待っているのだ。多四郎の帰るのを待っているのだ。

多四郎は容易に帰って来ない。――帰らないのが当然である。彼は彼女を振りすてて城下へ帰って行ったのだから。