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はちじゅうはちや

八十八夜

太宰 治

線上閱讀太宰 治《八十八夜(はちじゅうはちや)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 13,623 字 · 28 頁

青空文庫

二千八百九十九米。笠井さんはこのごろ、山の高さや、都会の人口や、鯛の値段などを、へんに気にするようになって、そうして、よくまた記憶している。もとは、笠井さんも、そのような調査の記録を、写実の数字を、極端に軽蔑して、花の名、鳥の名、樹木の名をさえ俗事と見なして、てんで無関心、うわのそらで、謂わば、ひたすらにプラトニックであって、よろずに疎いおのれの姿をひそかに愛し、高尚なことではないかとさえ考え、甘い誇りにひたっていたものであるが、このごろ、まるで変ってしまった。食卓にのぼる魚の値段を、いちいち妻に問いただし、新聞の政治欄を、むさぼる如く読み、支那の地図をひろげては、何やら仔細らしく検討し、ひとり首肯き、また庭にトマトを植え、朝顔の鉢をいじり、さらに百花譜、動物図鑑、日本地理風俗大系などを、ひまひまに開いてみては、路傍の草花の名、庭に来て遊んでいる小鳥の名、さては日本の名所旧蹟を、なんの意味も無く調べてみては、したり顔して、すましている。なんの放埒もなくなった。勇気も無い。たしかに、疑いもなく、これは耄碌の姿でないか。ご隠居の老爺、それと異るところが無い。