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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
線上閱讀国枝 史郎《名人地獄(めいじんじごく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 頁
でムッツリと無言であった。馬上の武士も物をいわない。これも頻りに考え込んでいた。
カバ、カバ、カバと蹄の音が、あたりの木立ちへ反響し、空を仰げば三筋の煙りが、浅間山から靡いていた。と、突然武士がいった。「追分宿の旅籠屋では、何んというのが名高いかな?」「本陣油屋でございます」「ではその油屋へ着けてくれ」「かしこまりましてございます」
それだけでまたも無言となった。夏の陽射しが傾いて、物影が長く地にしいた。追分宿へはいった頃には、家々に燈火がともされていた。
両親は去年つづいて死に、十四になった唖の妹と、甚内を入れて兄弟三人、仲よく水入らずに暮らして来たのが、その甚内が旅へ出た今は、二人ばかりの暮らしであった。……そのさびしい自分の家へ甚三は馬を曳いて帰って来た。
「おい、お霜、今帰ったよ」厨に向かって声を掛けたが、声が掛かっても唖のことで、お霜が返辞をしようもない。いつもの癖で掛けたまでであった。厨の中では先刻から、コトコト水音がしていたが、ひょいと小娘が顔を出した。丸顔の色白で、目鼻立ちもパラリとして、愛くるしいきりょうであった。赤い襷を綾取って、二の腕の上まで袂をかかげ、その腕を前垂れで拭きながら、甚三を眺めて笑った様子には、片輪者らしいところもなく、野菊のような気品さえあった。