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てつがくにゅうもん

哲学入門

三木 清

線上閱讀三木 清《哲学入門(てつがくにゅうもん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 110,592 字 · 219 頁

青空文庫

、といっている。

しかるにかように知識の倫理が問題になるのは、そこに求められた知識が、マックス・シェーレルの区別に従えば、救済の知識ないし教養の知識であって、仕事の知識でないためであるといわれるであろう。シェーレルは、コントが人知は神学的段階から形而上学的段階へ、更に実証的段階へと順次に進歩してきたと考えたのに反対し、宗教的・神学的認識(救済の知識)、形而上学的・哲学的認識(教養の知識)、実証的・科学的認識(仕事の知識)は、知識の発達の三つの歴史的段階でなく、人間精神そのものの本質と共に与えられた持続的な三つの精神の態度であり、認識の形態であって、そのいかなる一つも、他に代置されることも他を代表することもできないと主張した。それらは認識する精神の三つの違った作用、違った目的、違った人間の型に属するのである。

まことに近代科学は知識を世俗化した。そしてそれに伴って哲学も世俗化された。そしてそれと共に知識の倫理はもはや問題でなくなったように見える。しかし知識の世俗化によって知識の倫理がなくなったのでない。その世俗化そのものが実は近代の初めにおける知識人の情熱であり、彼等の知識の倫理であったのである。